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キャビック 代表 岡野のブログ

盛和塾での経営体験発表スピーチ

今週は、東京・福岡と、出張の多い週でした。仕事で色々な土地に行けることは、幸せでありがたいことです。

来週は、1週間沖縄です。使命を果たせるよう頑張ろうと思っています。

先日、盛和塾で経営体験発表をさせて頂きました。今までの経営を振り返る良い機会でした。その内容を掲載します。

 

私は23歳で起業し、昨年実績で売上7億円 営業利益2千3百万円 営業利益率3%少々の会社を経営しています。

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弊社のサービス概要は、フィールドマーケティング アウトソーシング事業です。顧客は、「商品・サービスをもっと売りたい会社」であり、私どものサービスは、「拡販のお手伝い」と定義付けています。

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事業区分としまして、推奨販売事業 ・・・  マネキン・試食試飲販売・デモンストレーション・セールスプロモーションなどとも呼ばれます   接客販売員派遣サービス事業 ・・・ アパレル販売員・飲食店のサービススタッフ・沖縄リゾートホテルのサービススタッフの派遣を行っています。  またASP事業として、自社開発した  人材手配システム ・ 実施報告システムを販売しています。

契約形態は、顧客である食品・消費財メーカーから、依頼を受け、流通業の店頭で、弊社の登録スタッフ3万5千名を活用して販売促進活動を行っています。

 

メーカー・流通小売・消費者の真ん中で、商品訴求・売上拡大・販売促進活動の役割を担っています

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顧客先は、食品・消費財メーカー様が主となっています。大変大手企業が多く、弊社の強みとなっています。

 

 

サービスエリアは、関西・東海・中国エリアとなっています。

オフィスは、京都本社・大阪なんば・神戸三宮・名古屋・沖縄名護です。弊社のフランチャイズ代理店のオフィスとして、福知山・広島を展開しています。また4月から北陸エリアで富山県高山市の派遣会社様がフランチャイズ代理店となって頂きます。

 

ここからは、起業についてお話しさせて頂きたいと思っております。起業のきっかけは、小学4年生の時、母方の祖父が亡くなった時期になります。母方の田舎である京都府舞鶴市に、夏休みだったということもあり、長期滞在することになりました。非常に仲の良かった2歳年上の双子の従兄弟と毎日のように遊んでいました。そして布団を並べて3人寝ていたのですが、ある日「3人で一緒に会社をしよう」 という話しになりました。10年を経てそれが実現しました。

 

大学生になっても仲良く、飲み会にサッカー、買い物など、よく遊んでいました。

卒業後1年間人材派遣会社の営業職に就職をしました。当初より1年間勤めて起業するつもりでした。

 

それでは、何故派遣会社だったかと言いますと、学生時代、派遣会社に登録して、化粧品ワゴンセールの販売のアルバイトをしていました。包丁の実演販売みたいなものです。それをそのまま自分達でやろうということでした。

 

そのようなモチベーションで派遣会社に勤めていたので、営業成績は優秀で受注も多く取れ、インセンティブが多く頂ける会社でしたので、貯めたお金を元手に、仕事を始めることが出来ました。

 

京都の御池で、私が一人暮らしをする部屋を事務所として、1999年4月に始まりました。従兄弟と3名の共同経営です。

 

※従兄弟3名での写真  こちらの写真が起業したころです。たまたま出てきた写真ですが、西京極競技場でサンガの応援に行った時の写真です。

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「儲かったら山分け」という約束で始まりました。起業したとは言っているのですが、実は会社としては、当時父親が学習研究社の訪問販売をする会社を経営していた器がありました。その会社の事業部という形態で始まりました。当初から株式会社として、営業を出来たことで、スムーズにお客様とも契約が出来たのだと思います。資金的には独立採算で経営を行いました。

 

まずは仕事の取り易い1日短期の派遣、得意な販売ということを活かして、食品メーカーに的を絞り営業活動を行いました。マネキン・推奨販売の仕事が拡大し、売上も上がるようになっていきました。1ヶ月締めて最終残ったお金を3人で分けるような感覚だったのですが、男3人がすぐに食べていけるだけのお金が残りませんでした。

 

 

この写真のように、店頭に派遣するスタッフさんは学生さんなど若い方が多いのですが、私達は1日も休みなく働いているにも関わらず、その学生さんより、遥かに手元に残るお金が少ないのです。お昼は3人で弁当つめ放題の店で満杯に入れて、それを分けて食べていました。しかし、毎日が大変ではあるが、楽しいし、更に未来は良くなるはずと思いながら、仕事をしていました。

 

3年・5年とやる中で、ある問題が徐々に大きくなっていきました。その問題とは、3名が共同経営ですから、トップというのがいないということです。意見が分かれた時に物事が決まらないのです。3人の会議で、胸ぐらを掴み合っての喧嘩も度々でした

 

その当時、サービス開始になったソフトバンクBB(ADSL)の法人販売代理店になることが出来ました。そちらの事業を従兄弟2人がやり、人材サービス事業を私が担当することになりました。その後、それぞれの事業を別会社にしました。従兄弟の2人は、WEB制作・スポーツクラブの紹介サイト運営を行い、兄が社長・弟が副社長で順調に経営しています。今でも非常に仲良く、飲みに行ったり、ゴルフもしたりしています。

 

さて、私が完全に人材サービスのトップになったことで、私自身の腹も据わり、多少の覚悟も出来たからでしょうか、その後着実に成長することが出来ました。

 

しかし、創業から8年目に大きな問題が起きました。社員10名程で売上3億円ぐらいの時ですが、1名を残して全員が同じ時期に退職しました。

何故そのようなことが起きたか?ですが、私より15歳程年上の女性を営業部長に据えていました。数年、営業成績も良く、頑張ってくれていたので、私も信頼していました。その当時営業部長のお知り合い2名を中核人材として、1年程前に採用していました。その3名が全員を連れて辞めるということを裏で進めていたのでした。結局独立するなどはせずに、その他の若い社員達は退職しただけという結果になりました。

 

その当時、営業部長を恨みました。10人でやっていたことを、増員しながら全て私1人で回しました。そして心折れそうになっていた時期に出会ったのが、稲盛塾長の著書「生き方」です。妻の母親が、私にプレゼントしてくれたのです。

衝撃が走ったのを覚えています。今から思うと深くは理解できなかったのですが、自分が求めていた考え方や経営の仕方は、これしかないと思いました。

 

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その後「アメーバ経営」など、塾長の書籍を深く読み、大多数の社員が辞めた原因は全て私自身だと気づきました。その当時、誘われるままに、青年会議所に入り幹事などをやっていました。夜は会社に居ない状況が続いていました。社員はみんな遅くまで仕事をしてくれていました。会社では偉そうに、上場するなど大きいことは言うが、目の前の仕事は置き去り。社員に任すだけという状況でした。また理念や信念も貧弱で、社員に目指すべき方向性を示すことが出来ていませんでした。そして、塾長がおっしゃるように、「大きな夢・目標は持たなければいけない、だが日々の地味な努力が大切」ということが決定的に欠けていたのでした。その結果、社員に惚れさせるどころか、全く社員を掌握できてなかったのです。

青年会議所もすぐに辞め、再建に必死になりました。塾長の書籍でその当時の私の中で、本当に消化出来たのは、京セラの経営理念「全従業員の物心両面の幸福」でした。経営の目的はそれしかないと定めました。

社員の面接をする時は、必ず次の事を熱く語りました。京セラの創業当初 数人の高卒社員が、向こう数年に渡っての昇給・賞与の保障を訴え、数日話し合う中で、塾長が経営の目的は、「全従業員の物心両面の幸福」しかないと気付かれて、これを経営理念と定めて成長されたという話しをした上で、私も本気でそう思うし、これからそうなる会社を作りたいと思うと強く訴えながら、減った社員を同じ人数ぐらいまで半年で増員が出来ました。

 

しかし、増員したのはいいのですが、徐々に徐々に売上が減ってきました。売上は減らないだろうという私の甘い考えがあったのですが、全社員が変わったという顧客からの信頼がない状況になっていたのでした。またそれまで蓄積していたノウハウも失ってしまっていたのでした。私がいればノウハウは大丈夫だと思っていたのですが、そうではありませんでした。

 

2年連続で売上が前年を大きく割ると、大きな赤字になりました。勿論借入もあり、これが続くと倒産になるという「不安」が常にありました。仕事から自宅に帰り、妻と子供が寝ている姿を見て、「家を売らなければいけなくなったら、悲しむだろうな」というようなことを考えると、更に上手くいかなくなります。まさに、「心に描いた通りになる」ということだと思います。その方向に向かっていたと思います。

 

転機は、「社員全員が危機感を持ってくれた」ということでした。月次決算の数値などは、特に隠すことも無くフルオープンにしていましたが、教育も出来ていなかったので、状況を分かる社員はあまりいませんでした。その当時に決算業務を見てくれていた社員が、本当にやばいこと。このままいくと債務超過になることを、その時の幹部メンバーに伝えてくれました。私もひとりで悩んでいた状況から、吹っ切ることが出来ました。社員も燃えてくれました。

そのタイミングで、KCCSのセミナーに参加して、2つのことに挑戦しようと決めました。

 

 

1つ目は、12戦12勝 1年12ヶ月 全月 黒字を掲げました。実際教えて頂いたのは全月予算達成でした。毎月黒字になれば、1年も絶対黒字になるという単純な考えでした。

2つ目は、アメーバ経営を真似て、チーム別採算制度を作りました

導入前は、営業部門・人選部門・スタッフ教育指示部門 と分かれていました。問題点としては、営業が顧客から聞いてきた要望が、社内の部署の壁があり、現場に反映できていませんでした。それを、チーム2つに分け、チーム内に営業・人選・教育の人間を配置しました。チームリーダーの責任のもと、顧客の要望をチームで追求することが出来るようになってきました。そして時間当たり採算を算出することで、それぞれのチーム採算も明確になり、チーム間の多少の競争が促され、強い会社になっていきました。その効果が現れ、2009年後半~2012年まで毎月黒字を達成することができました。

※業績推移 創業~2012年までグラフで表示  25期は決算月変更の為3ヶ月決算を組んでいますが、この期間増収増益を達成しました。

 

稲盛塾長の哲学を書籍から勉強しながら、経営理念も固めていきました。それまで出来ていなかった朝礼を毎日行い、理念唱和を行いました。また塾長の「心を高める、経営を伸ばす」を見開きずつコピーして、輪読と2名の感想を発表しています。そのようなことを繰り返す中で、少しずつ地に足が付いた経営が出来るようになってきました。

一時のどん底の時から比較すると、私の心持ちも明るい未来だけを見ることが出来るようになり、一気に成長軌道に乗っていきました。ここでも、まさに、「心に描いた通りになる」ということを実感いたしました。

順調に成長をする中でも、社員の幸福を考えたときに、もっと大きな成長が必要だろうと思っていました。そこで考えたのが、ベンチャーキャピタルから出資を募り、今までよりも投資をしながら経営すれば、更なる成長が得られるのではないかということでした。国の機関である中小機構のご指導を受けながら、VCからの出資を目指しました。ご指導頂いていた先生から、弊社のような業務であれば、業務上シナジーのある事業会社から出資を受け入れる方が良いのではないかというアドバイスを頂きました。

 

そこで大変転機になりましたのが、現在弊社の親会社になります株式会社メディアフラッグとの出会いです。出資して頂く経緯などは、後程詳しくお話しさせて頂きたいと思います。

 

株式会社メディアフラッグの代表取締役である福井も、盛和塾東京の塾生でございます。ブックオフ創業者(現俺のイタリアン)坂本社長の勧めで入塾されました。創業から4年間は赤字で苦しみ、盛和塾に入塾することで、会社が大きく変わり、2012年9月にマザーズ上場を果たしました。

2013年春に、インターネットで近い分野の会社をしらみつぶしに調べていました。そこで社長メッセージを読み、この人に絶対に会いたいと思いました。盛和塾との出会い・株式上場時の覚悟など、心が震えるメッセージがたくさん書かれていました。そして、すぐに手紙を書きました。

 

その後、管理部役員の方からご連絡頂き、東京渋谷の本社で社長に会うことが出来ました。

事業計画を説明し、出資のお願いをしました。

 

ビジョンとして、以下の3点を伝えました。①全国津々浦々へのサービス展開 ②質量ともに業界圧倒的NO1 ③株式上場 です。すぐに出資して頂けるという返答を頂きました。条件としては、出資比率51%ということでした。出資比率51%とは、連結子会社になるということでした。私のビジョンも理解し、それを実現させようとおっしゃって頂いていましたので、私は全く問題ないと思いました。

その話しを受けて、それまで様々ご指導頂いていた方々、メンターである商業コンサルの先生、顧問的立位置で週3日経営管理を見て頂いていた方、中小機構の先生、税理士の先生、父親などに、相談をしました。ある程度腹は決まっていたつもりでしたので、半分報告的な感じではありました。

 

しかし、非常に反対をされました。「支配されるだけ」「騙されている」「上場企業の社長がそんな素直なはずはない」「自由な経営ができない」など様々なアドバイスを頂きました。皆様が私のことを心配して言って頂いていることも大変理解しました。悩みました。当初の返答期限も延ばして頂きましたが、腹は決まっているはずなのに、アドバイス頂いている方々を裏切れないという思いもあり、決断できずにいました。最後は、社長の「私を信じろ」の一言と、私自身の感覚を信じ、決断しました。

 

そこからデューデリーがあり、株式の価格が決まります。自分が保有している株式を売るのか、第三者割り当てとして、会社にお金を入れて頂くのかなどが決まっていきます。この時に常に頭にあったことは、稲盛塾長が上場した際も、自分が持っている株式は市場で売らなかったこと。私利私欲で判断しては駄目ということです。私は全く条件交渉をしませんでした。全て第三者割り当てにして頂き、価格もメディアフラッグ側に決めて頂きました。先程の先生方からは馬鹿かと言われました。しかし、出資して頂く目的は、その時の価値を売って儲けたいということではなく、将来の価値を高める為でした。それを管理部役員の方にも以下のようにお願いしました。「条件交渉や駆け引きはしません。将来の価値を上げて、メディアフラッグにもプラスになった際には、弊社の社員にも還元して頂きたい」

 

あと1つお願いしました。メディアフラッグの役員にならせて頂きたいということでした。上場企業がどのように運営されているのか、上場企業のトップがどのように経営判断をされているのかを真摯に学びたいと思ったからでした。

 

無事、2013年8月にメディアフラッググループ入りをさせて頂きました。メディアフラッグは、理念を大変大事にされています。そして月数回の全体会議で、社長より稲盛塾長のフィロソフィを読み、コメントされる時間がありました。説得力・言葉に力があるなと、感動しました。私もたどたどしいながら、月1回の全体会議で、京セラフィロソフィの1項目を選び、全社員の前で講話を行っています。

 

その後順調に売上・利益共に成長させることが出来ています。

※業績推移グラフ 2013年~2016年計画まで表示  増収増益の推移で来ています

 

順調に経営している中でも、上場会社の連結子会社になるということで、社員の中には戸惑いもありました。私自身も、自社を守ろうと意固地になる場面もありました。その中でも良い方向へ戻すことが出来たのは、塾長の教えである「素直な心を持つ」ということを、自分自身に言い聞かせていたからだと思います。素直な心とは、自分自身の至らなさを認め、そこから努力するという謙虚な姿勢のことです。素直に学ぼうと 事ある毎に、社員にも訴えました。

経営理念に関しましても、私自らの判断で、構成し直しました。先程お話しさせて頂いた通り、稲盛塾長の著書に出会い、「全従業員の幸福を追求する」という考え方をベースに経営理念を作りました。2008年のどん底時代から復活出来た大きな要因だと思っていましたので、大切にしたいものでありました。しかし、メディアフラッグの経営理念があり、cabicの経営理念があり、言っていることの本質は同じなのですが、私・社員にも両方運用することの違和感が生まれていました。そこで社是・使命を残し、経営理念・WAYとリーダーシップという行動指針は、メディアフラッグのものをそのまま採用することを決断しました。

 

少し簡単にご紹介させて頂きます。

 

※社是・経営理念・使命・WAY・リーダーシップを表示

 

社是は、「また逢いたくなる」です。創業数年後から掲げています。堀場製作所さんの「おもしろおかしく」、サントリーさんの「やってみなはれ」のようなひらがな表記のわかりやすい社是を作りたいと、言葉を探していました。そのような会議をしたときに、社員から発案された言葉です。私の目指したい社風を表している言葉だと思っています。また逢いたいと思ってもらえるような人になるように努力しよう!顧客からはまたこの会社に仕事をお願いしたい、スタッフからはまたこの会社で仕事をしたいと思ってもらえるような会社を目指し、それが実現できる行動を取りましょう!という意味を持たせています。

 

「社会性ある事業の創造」

社会性ある事業とは、 従業員の幸せを追求すること世の中の役に立つ仕事をすること。 従業員の幸せとは、 社会貢献を実感し、自己成長を続けつつ、 対価としての報酬を得ること。 世の中の役に立つ仕事とは、 顧客の期待を超える感動サービスを提供し、 社会に活力を与えること。  であります。従業員の物心両面の幸せを表現しています。

使命、ミッションです。人材会社として・販促会社として・スタッフへの想いが書かれています。WAYは、行動指針12項目です。リーダーシップは、マネジメントメンバーの行動指針10項目です。

 

また日報システムを運用しています。毎日WEB上システムに全社員がコメントを記入し、自部署のメンバーにメール配信されます。それぞれにコメントをつけることも出来ます。勿論私自身も毎日日報を記入しています。理念についてコメントすることも多く、理念浸透に大きく役立っております。

 

さて、盛和塾についてお話させて頂きます。私は2014年世界大会前に入塾しました。塾長の講話CDを毎日朝のランニング時に聞き、フィロソフィについて社員に話し、京都塾の勉強会にも出来る限り参加しました。言葉としての理解は深まっていくのですが、自分のものになっていないことを感じていました。2015年世界大会にて塾長が、「フィロソフィを血肉化するまで学び、実践する。社員と共有する」という講話をされました。知っているつもり・分かっているつもりで結果も出ていない塾生が多いのではないかという厳しい言葉で、何とか塾生に結果を出させたい という愛を感じました。そこで、もう本当に自分に言われているようで、早く会社に帰って何とかしなければと焦りました。

 

すぐに幹部全員に京セラフィロソフィを購入して配り、勉強会を始めました。私含め6名の経営幹部で、週1回行っています。輪読とそれぞれが感想・思いをコメントするスタイルで行っています。毎回冒頭で私から「これから勉強をして言葉としては理解するようになるが、知っているつもり・分かったつもりになっては駄目だ。行動できなければ意味がない」と釘をさすようにしています。11月から3ヶ月半続けておりますが、以前より幹部の発言に重みが出てきました。幹部が日々、部下に熱く語る事で、社内全体の一体感も増してきました。

 

4月より、メンバーを拡大して、フィロソフィ勉強会を行う予定にしています。

また世界大会講話で、「決算書を読みこなし、フィロソフィを数値に落とし込む」というお話もありました。再度、チーム別採算の見直しを掛けて今年から運用しています。全社員の採算意識を高め 2016年度は売上8億円・営業利益4千万円・営業利益率5%を目指しています。そして3年掛けて10%に持っていきたいと決意をしています。

 

 

現在、 ①全国津々浦々サービス展開 ②質・量共に、圧倒的業界NO1 ③株式上場 に向けて頑張っています。また、特に弊社が属する市場は、首都圏で50%が消費されていると言われています。首都圏の本丸は2017年~2018年に掛けて進出し、一気に成長するという青写真を描いています。

 

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私自身は、「プロ野球球団を持てるような会社にしたい」という夢・目標があります。稲盛塾長が、「世界一と言いながらも、西ノ京原町一でも大変だ」と思われたというお話しよりも、はるかに無謀なことではありますが、日々の地味な努力と創意工夫を積み重ね、周辺事業からの多角化にも挑戦していきます。そして心を高め、器を大きくできるよう 誰にも負けない努力を行い、実現に向けて頑張っていきたいと思っています。

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