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キャビック 代表 岡野のブログ

今日は、2015年新卒説明会です。
1名内定者が決まっていますが、急遽追加で2名採用することになりました。
魂を込めて、会社の考え方を伝えたいと思います。

【どのようなタイプの人間でも成功できる】
 世の中には、事業を立ち上げて数年で、売上数十億円、数百億円の会社を作る経営者がいます。僕はそのようなビジネスを成功された方の自伝などを読むのが好きです。自分自身との差に愕然とすることも多々あります。世の中上を見れば果てしなく、負けず嫌いの僕としては、悔しさが常に一杯です。その違いは何なのか?どんなタイプか?
 様々な本を読んで勉強してきた僕自身が持っている結論としては、このようなタイプ、このようなキャラクターでないと成功できないという事は決してないということです。考え方などには共通項はたくさんありますが、タイプは様々です。
 僕は、強く独裁的に人を引っ張っていくことが出来る人間ではありません。トップダウン経営はできないと思います。僕は関わる人達の意見を尊重して、それを経営に活かしていきたいと思うタイプです。今までもそうですが、回りの人々に支えられて、現在のキャビックがあると思っています。僕は、諦めない・粘り強い・常に前を向いて歩けるという特性は持っています。
 このような人間でも成功できる。時間が掛かっても、何十億円、何百億円、何千億円の企業を作れるような成功例を作りたいと心底思っています。

今日は営業デーです。
多くのお客様にcabicの特徴や強みを知って頂けるように、頑張ります。

【新卒で社員を採用】

 創業から5年目の4月に新卒で2名の女性を採用することが出来ました。スタッフさんとして頑張ってもらっていた人です。この二人が原動力となりました。個人事業主から、少し企業っぽくなり、顧客(メーカー)からも、信頼を頂けて、ナショナルチェーンの依頼をラインで頂けるようになってきました。
 雇用することの責任を感じた時でした。本人さることながら、22年間大事に育てたご家族の期待を思うと、覚悟を持たざるを得ませんでした。

 僕が営業を中心として行い、アルバイト入れて5名程のメンバーで、1億数千万円の売上でした。この人員体制が、今のチーム制の原型となっています。

展示会対応が続いています。
連日遅くまで、アサイン・準備に全社員が一丸となってくれています。

【スーツで出勤】
 4年目にして初めて月ベースで前年比100%を切りそうになった月があります。僕自身危機感がありました。そこで一つの決断が、一気に状況を一変しました。それはスーツで出勤するということです。今では当たり前ですが、その当時私服で出勤をし、営業に行く時だけスーツに着替えるという感じでした。
 サークル感覚から、仕事モードへ転換できた時だったと思います。いつでも臨戦態勢を取ることで、営業活動も活発になり、トラブル対応も俊敏になりました。
 その結果、その年は180%近くの成長を遂げました。少しの意識の変化で、変わるものだと痛感した時でした。

ある食品メーカー様の大型展示会でお仕事いただき、社内全員で孤軍奮闘しています。
大変ですが、この苦労が血になり骨になるはずです。
社員みんなの踏ん張りに報える経営をしなければという思いが強くなります。
頑張ろう。

【共同経営の難しさ・方向性の違い】

 将来の事、方向性などを決める際に、どうしても意見の相違が出てしまいます。小さい頃から本当に仲が良かったので、なぜ相違があるのかもお互いが理解をしている状況です。しかしだからこそ、何時間話しをしても決まらないという感じでした。3人の中で誰がトップでもないので、最終みんなが納得しないと決まらないのです。
 
 どのような違いがあったか・・・「僕はケチでした。全国展開や上場やという夢を語るのが好きでした。僕は不器用で、ひとつの商売しかできませんでした。僕はやっぱり人材ビジネスしかないと思いました。」
 
 最終的には、従兄2名が通信事業を、私が人材ビジネスを担当するということになりました。
 
 創業当初くじけそうなことがいっぱいありました。これを乗り切れたのは、間違いなく従兄の二人がいたからです。一人だったら、耐える事が出来なかったと思います。本当に感謝をしています。今も同じ経営者という立場としていろいろと相談する仲でいます。

本日は渋谷で役員会・グループ役員会など。
午後からは、来週も展示会の段取り・打合せを進めます。
昨日は東京の展示会を見学しましたが、来週の大阪もしっかりとしなければと身が引き締まりました。

【存在意義と新規事業】
創業から丸3年が過ぎた頃、何とか軌道に乗ってきたのですが、今ひとつ存在意義や理念というものが見いだせなくなってきました。しかし3人で商売ができるという夢が叶って、充実していました。人材サービス業は僕がやりたいと始めた商売です。従兄二人のやりたいを実現する為にも新規事業を始めました。その頃、何個かの商売をやり始めました。①イベント企画事業②アパレルメーカー・販売業、③YAHOOBB ADSL販売代理店です。その中でも少し収益が出だしたYAHOOBBの販売代理店を主体とした事業部を作りました。その後、分社をしてアートム㈱を立ち上げることになりました。

東京出張です。
営業&展示会視察&新年会です。
ビジネスをする上で、東京に行くと刺激があります。

東京でビジネスをする・全国展開とかは、男として経営者として、浪漫がある気がします。
だから男って織田信長・天下統一好きなのだろうと思います。

夢を描きつつ、目の前の課題をしっかりやっていきます。

【スタッフさんとの関わりと喜び】
 この仕事をやってきていて、この仕事の喜びのひとつとして、スタッフさんとの関わりがあります。現場の仕事は、体力的に非常にハードな仕事だと思います。スタッフさんひとりひとりの現場での働きにより、キャビックが成り立ってきました。昔からの御取引先があるのもスタッフさんあってこそです。
 そういうスタッフさんと話したり、研修などで関わったりすることは、僕にとって本当に喜びです。お給料をお支払いしている立場ということもあると思いますが、様々な感謝の言葉をもらえると更にそのように思います。
 毎年大学4年生を卒業していくスタッフさんが挨拶に来てくれたりした時、キャビックのお給料が生活を支えていること聞いた時、大学生で親の仕送りなしでキャビックのお給料で大学生活を送っていると聞いた時、キャビックのアルバイトの経験を就職試験で話し採用に至ったと聞いた時などなど、この仕事も人の役に立てていることを実感しました。

今日は、幹部合宿でした。
中長期ビジョンのイメージを幹部間で統一したいというのが目的でした。
2019年上場を見据えての階段をおぼろげながら共有できたと思います。
課題は山積みですが。
モチベーションマックスで頑張ります。

【人選が本当にきつかったこと】

 創業から1年半たった頃に、森永製菓様の全国キャンペーンの業社に選定されました。キャンペーンが始まる時期に会議があったのですが、その場で何ライン手配出来るかという質問がありました。その時期せいぜい30ラインだったのですが、100ライン行けると豪語してしまいました。その頃は若かったので、勢いだけは良く、本当に依頼が来たらその時何とかすればいいと思っていました。すると本当に依頼が来だしました。喜んでいたファックスが徐々に怖くなった時もありました。
 毎日明日の人選をする時期が続きました。毎日1人で事務所に残り、後2名は現場に行っていました。1人で、人選・面接・受注~全てを行っていて、それでも夜20時になっても、明日の現場のスタッフが決まっていないということばかりでした。そして最大にきつかった日があります。前日20時で15名程姫路の現場で空きがあったのです。今まで何とかしてきたけど、この時ばかりはやばいという空気が3人の中にありました。少しビールを飲んで、勢いを付けて、とりあえず仲のいいスタッフさんに片っ端から電話して、友達を連れてきてもらって、車3台で、スタッフを乗せて姫路まで行こうという話になりました。
 次の日、朝6時御池通りを、白シャツに黒スカートの若い女の子が、ずらずらと歩いてくる姿を今も忘れられません。恐らく2名程余分に集まってくれました。
 諦めなければ何とかなると実感した日でした。二回りぐらい自分たちが大きくなった気がしました。

今日は20年来の仲間とのゴフルに行ってきます。
外は雪が降っています。
寒そう。

【事業の転機(自分自身で現場に入ったこと)】
 創業して1年程経った頃、従兄弟2名と私、3人が何とか飯を食っていくのが精一杯でした。詰め放題の1つの弁当を3人で分けて食べていた時もありました。希望はあったので、それが辛いというのは全くなくて、楽しいばかりでした。しかし、よく仕事をしてくれる学生のスタッフの方が給料が良かったのです。何かおかしいと話し合いをしました。その結果、自分たちが現場に入れば、1万数千円1日で確実に稼げるという事に気づきました。実は、最初女性がするものという印象があって、躊躇していたのです。そこで実際に現場に入ると、良く売れて、評判が抜群だったのです。最初は男なので、珍しいなという感じで言われるのですが、次からは指名ばかりです。やる気、気合が違うので、当たり前の結果でした。
 
 それに味を締めて、1年間ぐらいは、月15日程3人が現場に入っていました。これが事業が採算に乗った最大の転機でした。
 
 この経験は、僕の最大の財産となっています。現場のことならば大体分かるし、良い結果を出せる自信がありますので、スタッフさんの教育・営業に活かす事が出来ました。また、現場でも営業活動が出来ました。現場で依頼をもらったメーカーさんも数多くあります。また、スタッフさんのスカウトも数多く行いました。また、スタッフさんの気持ちを身を持って感じていますので、創業当初、スタッフさんが着いてきてもらえた要因でもあると思っています。

今日は、巡回(店舗回り)をしようと思います。
現場にヒントがあります。

夜は大学野球部の新年会があります。

【創業時大事にしていた事】
 当初、家庭用のファックス機にて受注を受けていました。受信があると音楽が流れる機種だったのですが、その音楽が流れる度に3人で手拍子をしながらファックスが印刷されるのを見守りました。それを見た瞬間に、電話をして「ありがとうございます。」と感謝を伝えました。「どんなけ早いねん」と言われていました。本当に嬉しかったし、それが伝わっていたので、いろいろなメーカーと担当者さんに気に入って頂くことが出来ました。
 
また、手拍子をして受注を喜んでいたので、一切仕事を断ることが出来ませんでした。どんなに厳しい状況でも何とかしてきました。だからこそ、よその業社が出来なかったり、断ったりした隙間に入り込めたんだと思います。また厳しい注文も受けたからこそ、その後の受注につながっていきました。
 
 顧客が困っている時に受注を受ける事は、その後何十件もの受注につながりますし、逆にご依頼を断った仕事の裏には、何十件もの損をしていることになります。これまでの経験で、これだけは身を持って強く感じてきました。

私は昭和50年生まれで、前厄ということが、お正月に分りました。
本日は滋賀県の立木山に厄払いに行ってきます。

【何故人材派遣か?】

 大学4回生の際に、起業できるかいろいろ考えたのですが、あまりにも知識も世間も知らないと痛感し、就職活動を行いました。就職活動の中で出会ったのが、人材派遣業という商売です。1999年当時リーディングカンパニーとして急成長されていたパソナ代表の南部靖之氏の著書を読み、すばらしい商売だなぁと感じました。
その為、人材派遣業界に興味を持ち、人材系アウトソーシングでトップシェアの㈱クリスタルに就職することができました。
 
 人材派遣とは、企業と労働者の条件マッチングを行い、お互いの需要供給を満たすというサービスです。しかし、就職した1年間は、理念と現実とのギャップに悩みました。現実は企業の雇用調整の弁になっている部分も否めません。派遣スタッフが低く見られている部分もありました。様々葛藤がありましたが、私は人材派遣業を営むことにより、自分自身の能力発揮だけでなく、スタッフさんの能力を引き出すことにより、より社会に貢献できると考え、起業を決意しました。

 また、父親(現会長)が商売を行っていた学習研究社(学研)の訪問販売の仕事を昔から見ていて感じていたことがあります。販売代理店は、与えられた商品を売る仕事です。お客様の要望などを取り入れてカスタマイズして売れるようなものではありません。僕は、自分で売るものを作りたいと強く思っています。現在の人材ビジネスは、自分たちの手で商品を作ることが出来ます。お客様の要望に合うように日々カスタマイズし、良い物作っていくことが出来ます。普段は当たり前と感じるのですが、売りたいものを売れるということは、僕は非常に素晴らしい仕事だと思うのです。

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